医療法人VS一般社団法人 どちらでの開業が有利?

近年、個人事業として医院を運営されている先生方の中で、法人化による税務上の優遇措置や事業運営の効率化を検討される方が増えています。法人化の選択肢として、従来からの医療法人に加えて、一般社団法人での開業も注目されているところです。
本コラムでは、医療法人と一般社団法人のそれぞれの特徴を詳細に比較検討し、開業医の皆様が最適な法人形態を選択するための判断材料をご提供いたします。
税務上の取扱いの比較
措置法67条(社会保険診療報酬の所得の計算の特例)の適用
医療法人設立を検討する際に、まず確認すべきは租税特別措置法第67条の適用の可否です。この特例は、社会保険診療報酬に係る所得計算において、実額経費の代わりに概算経費率を使用できる制度です。
社会保険診療報酬が5,000万円以下かつ総収入金額が7,000万円以下の医療法人は、以下の概算経費率を適用できます。
- 2,500万円以下の部分:72%
- 2,500万円超3,000万円以下:70%
- 3,000万円超4,000万円以下:62%
- 4,000万円超5,000万円以下:57%
しかしながら、一般社団法人では、この措置法67条の特例を利用することができません。これは、同条が「医療法人」を対象とした規定であり、一般社団法人は適用対象外となるためです。
ただし、法人成りを検討される規模の医療機関においては、収入規模が拡大している場合が多く、措置法67条の適用要件である社会保険診療報酬5,000万円以下の上限を超えるケースも少なくありません。そのような事業規模では、実額経費による計算が必要となるため、この特例の有無は実質的な影響が限定的となる場合もあります。
法人税率の比較
法人税率については、医療法人と一般社団法人において実質的な差異はありません。
医療法人の法人税率
- 年間所得800万円以下の部分:15%
- 年間所得800万円超の部分:23.2%
一般社団法人の法人税率
一般社団法人についても、普通法人と同様の法人税率が適用されるため、上記と同率となります。
同族会社の該当性
税務上、重要な相違点として同族会社の該当性があります。
医療法人は、法人税法上の「会社」に該当しないため、同族会社の規定は適用されません。これは、現在設立される医療法人が持分のない医療法人であり、出資者が存在しないことに起因します。同族会社の判定は「株主等の3人以下並びにこれらと特殊関係にある個人及び法人が発行済株式総数の50%超を保有する場合」に行われますが、持分のない医療法人には該当する出資者が存在しないためです。
一般社団法人についても、社員は議決権を有するものの、剰余金の分配を受ける権利を有さないため、同族会社には該当しません。
この結果、両法人形態ともに同族会社の行為計算否認規定や留保金課税の適用を(一義的には)受けないものと解されます(反証となる裁判例もありますので、その点は注意が必要です)。
設立・許認可のハードルの相違
医療法人の設立要件
医療法人の設立には、都道府県知事の認可が必要です。主な要件は以下の通りです。
- 役員要件:理事3名以上、監事1名以上
- 理事長要件:原則として医師または歯科医師
- 資産要件:法人業務に必要な資産の保有
- 会計処理:医療法人会計基準による処理
- 経営情報開示:事業報告書の開示義務
設立手続きには、仮申請、本申請、医療審議会での審議等の段階を経る必要があり、認可まで相当の期間を要します。
一般社団法人の設立要件
一般社団法人の設立は、医療法人に比べて簡便です。
- 社員要件:2名以上(理事との兼任可能)
- 理事要件:1名以上(法人は不可、個人のみ)
- 定款作成:公証人の認証が必要
- 登記申請:法務局への登記により設立完了
医療法人とは異なり、行政庁の許認可は不要で、登記のみで設立が可能です。設立期間も大幅に短縮できます。
事業範囲の制限
医療法人の事業範囲
医療法人が行える事業には制限があります。
- 本来事業:医業、歯科医業、薬局の経営等
- 附帯業務:医療関係者の養成、研究所設置、訪問看護ステーション、介護保険事業等、法令で定められた範囲に限定
医療法人は医療の永続性確保の観点から、本来事業に支障のない範囲でのみ附帯業務が認められています。
一般社団法人の事業範囲
一般社団法人の事業範囲には、法律上の制限がありません。
- 公益事業、共益事業、収益事業のいずれも実施可能
- 他の法律や公序良俗に反しない限り、自由に事業を行うことが可能
- 医業以外の事業も広く展開可能
情報公開義務における相違
医療法人の情報公開
医療法人には、運営の透明性確保のため厳格な情報公開義務があります。
- 事業報告書
- 貸借対照表、損益計算書、財産目録
- 関係事業者との取引状況報告書
- 監事監査報告書
これらの情報は誰でも閲覧可能となっており、経営状況が外部に明らかになります。
一般社団法人の情報公開
一般社団法人の情報公開義務は限定的です。
公開義務のあるもの
- 貸借対照表(定時社員総会後の公告のみ)
公開義務のないもの
- 事業報告書
- 損益計算書
- 役員名簿
- 社員名簿
一般社団法人では、貸借対照表の公告義務はあるものの、医療法人のような詳細な経営情報の開示義務はありません。事業報告書等も所轄庁への提出・公開義務がないため、プライベートな法人運営が可能です。
残余財産の分配における相違
医療法人の残余財産
医療法人の残余財産分配には制限があります。
持分なし医療法人(現在設立される形態)
残余財産は国、地方公共団体、他の医療法人等に帰属することとなり、社員・理事への分配はできません。
持分あり医療法人(経過措置医療法人)
払込済出資額に応じた分配が可能ですが、新規設立は認められていません。
一般社団法人の残余財産
一般社団法人では、定款の定めにより残余財産の帰属先を決定できます。
社員への剰余金分配は法律上禁止されているが、残余財産については定款で定める帰属先に処分は可能です。(国、地方公共団体に限定されません。9
まとめ
税務上の観点では、法人税率に差異がなく、同族会社の取扱いも同様であることから、医療法人と一般社団法人に大きな差異は認められません。措置法67条の適用の可否については、事業規模によってその影響度は異なります。
むしろ、設立手続きの簡便性、事業範囲の自由度、情報公開の要否など、事業運営面での相違が選択の決定要因となることが多いでしょう。
法人成りを検討される際は、将来の事業展開計画、社会的信用の必要性、情報公開に対する考え方等を総合的に勘案し、最適な法人形態を選択することが重要です。
これらの複雑な判断については、税務・法務の専門知識が不可欠です。西原会計事務所では、医療法人・一般社団法人の設立から運営まで、豊富な経験に基づく適切なアドバイスをご提供しております。法人化をご検討の際は、ぜひお気軽にご相談ください。皆様の医院経営の発展を全力でサポートさせていただきます。