1.概算経費の特例とは所得税や法人税は、収入から必要経費を差し引いた所得に対して課税されます。このとき、必要経費は実際にかかった金額で計算するのが原則ですが、社会保険診療報酬のある医師・歯科医師は、一定割合の「概算経費」で計算することが認められています。なお、この特例は、医師・歯科医師にのみ認められています。社会保険診療報酬を収入源とする他の業種(たとえば柔道整復師、助産師、介護福祉士など)は適用できません。1-1.どんなときに使うと有利?実際にかかった経費と、「概算経費」とを比較して、「概算経費」の方が多いときはこの特例を使うと税額が少なく計算でき、有利です。1-2.事前の届出は必要?青色申告でないとダメ?事前の届出は必要ありません。確定申告の際にこの特例を選択すれば問題ありません。また、青色申告であることも要件とされていませんので、白色申告でも適用できます。2.特例が使える条件事前の届出や青色申告は必要ありませんが、その他にも、収入金額による要件が2つ設けられています。この2つは「かつ」の条件ですので、両方とも満たしていないと適用することができません。2-1.社会保険診療報酬の金額が5,000万円以下まず1つ目は、「社会保険診療報酬の金額が5,000万円以下」です。2-1-1.社会保険診療報酬の範囲社会保険診療報酬の範囲は以下のとおりです。窓口収入と保険者からの収入を足して検討することになります。2-1-2.源泉所得税との関係個人クリニックとして開業している場合、「社会保険診療報酬支払基金」から支払われる報酬は、10.21%の源泉徴収をされています。そのため、実際に銀行口座に振り込まれる金額は、社会保険診療報酬の金額よりも少ない金額となっています。5,000万円以下かどうかを判定する際には、源泉所得税を差し引く前の金額で計算することとされていますので、「当座口振込通知書」で内訳を確認することが必要になります。2-2.事業所得に係る総収入金額が7,000万円以下2つ目の条件は、社会保険診療報酬以外の収入、すなわち、主に自由診療による収入も含めた金額が7,000万円以下であることです。社会保険診療報酬の場合、消費税は「非課税」となりますが、自由診療では消費税は「課税」となります。消費税免税事業者の場合には、事業所得を「税込経理方式」によって計算することになりますので、自由診療等による収入も税込で計上することになります。7,000万円以下かどうかの判断も税込で行う点に注意が必要です。また、次の金額は、医業活動から生ずる収益とは考えられていないため、青色申告決算書の収入金額が7,000万円を超えていても、特例を適用できる場合があります。(1) 国庫補助金、補償金、保険金その他これらに準ずるものの収入金額(2) 固定資産又は有価証券の譲渡に係る収益の額(3) 受取配当金、受取利子、固定資産の賃貸料等営業外収益の額(4) 貸与寝具、貸与テレビ、洗濯代等の収入金額(5) 医薬品の仕入れ割戻しの金額(6) 電話使用料、自動販売機等の手数料に係る収入金額(7) マスク、歯ブラシ等の物品販売収入の額引用:租税特別措置法関係通達67-2の22-3.共同経営の場合どのような形態で共同経営としているかによって、判断が異なります。詳しくはお問い合わせ下さい。3.計算方法ここまで、概算経費の特例が使えるケースについてご説明しました。この章では、実際に特例を適用するとどのような計算になるのかを解説します。社会保険診療報酬の部分と、自由診療収入の部分とで、計算方法が異なります。3-1.社会保険診療報酬の部分社会保険診療報酬の部分について、概算経費の計算方法はシンプルです。「経費速算表」を用いて、概算経費の金額を計算します。3-1-1.経費速算表経費速算表はこちらのとおりです。たとえば社会保険診療報酬の金額が3,500万円のときは、概算経費は、3,500万円×62%+290万円=2,460万円と計算します。これは経費の金額ですので、利益(所得)の金額は1,040万円になります。3-2.自由診療収入の部分「自由診療割合」による方法は、やや難しいです。大きく4つのステップに分かれます。(1)経費について分類します。社会保険診療に必要なもの・自由診療に必要なもの・共通経費(どちらなのか明らかでないもの)、の3つに分けます。(2)自由診療割合を求めます。自由診療割合は、診療実日数か収入による割合のいずれかで求めます。(3)収入による割合の場合は、(2)の割合に、さらに調整率を乗じます。(正確には、調整率を乗じた後の割合のことを「自由診療割合」といいます。)(4)「自由診療に必要な経費」+「共通経費×自由診療割合」が、自由診療収入に対応する経費となります。3-3.措置法差額とは?「措置法差額」とは、概算経費(租税特別措置法第26条の規定による必要経費の金額)と実額経費(保険診療分の実際の必要経費)の差額のことです。概算経費と実額経費のどちらかだけ記載すれば良いように考えられるかもしれませんが、確定申告書の様式には、措置法差額を求めるような計算プロセスが示され、この記入が求められています。3-4.青色申告特別控除との関係概算経費の特例を適用する場合には、社会保険診療報酬に対しては、青色申告特別控除(最大65万円)は適用できません。しかし、自由診療など、社会保険診療報酬以外の所得に対しては、青色申告特別控除(最大65万円)を適用できます。4.その他の注意点4-1.特例を使うかどうか判断するタイミング確定申告の際に、シミュレーションを行い、有利な方を選択することになります。4-2.ふだんの会計入力から気をつけること概算経費の特例を使ったほうが有利かどうかのシミュレーションは、ふだんの会計入力において適切な区分がしてあれば、すぐに可能です。収入:社会保険診療報酬(窓口分・基金振込分)、自由診療分、源泉所得税の処理経費:社会保険診療報酬対応分、自由診療報酬対応分、共通経費実際には、より細かく会計入力をしておくことが多いかと思いますが、少なくともこれらが分類できていると、確定申告の際に困ることは少なくなるでしょう。自由診療分にしか対応しない経費としては、次のようなものが考えられます。・個人事業税(社会保険診療報酬は個人事業税が非課税とされているため)・ワクチン・健康診断の外部委託検査費用4-3.修正申告でも適用できるか?「修正申告」や「更生の請求」によって、適用を受けたり外したりすることはできません。修正申告によって実額経費に変更することが認められるかどうかは、最高裁まで争われたことがあります(平成2年6月5日第三小法廷判決)。この事例は、別途ご紹介しようと思います。4-4.医療法人でも適用できるか?概算経費の規定は、個人の医院・歯科医院については租税特別措置法第26条、医療法人については租税特別措置法第67条で定められています。これは、租税特別措置措置法の第2章(第3条〜第42条の3)が所得税について、第3章(第42条の3の2〜第68条の6)が法人税についてを規定しているため、それぞれ別の条文となっているためですが、その主な内容は同じです。そのため、医療法人でも概算経費の特例は適用可能です。個人の医院・歯科医院で、院長である医師自らに役員報酬や給与を設定することはできませんが、医療法人ではそれが可能となります。そのため、医療法人の経費(損金)が概算経費の枠内に収まることはあまりありませんので、適用される可能性は少ないでしょう。4-5.医療法人化(法人成り)との関係仮に社会保険診療報酬が5,000万円で、自由診療による収入がなかったとすると、概算経費や所得の金額は次のとおりになります。 収入:5,000万円 経費:5,000万円×57%+490万円=3,340万円 所得:1,660万円このような所得水準の場合、医療法人とした方が節税できる可能性があります。他の要素ももちろんありますが、社会保険診療報酬の概算経費の特例が適用できなくなるタイミングは、法人成りを考えるきっかけと捉えて良いでしょう。おわりに概算経費の特例を使うかどうかは、確定申告の際に判断することができますが、日々の経理業務を、これを予定して進めることで、納税の目処を早く立てることができます。また概算経費の適用自体を忘れてしまうと、後から取り返しがつきません。西原会計事務所では、医療分野の税務に関するノウハウを活かし、診療所・病院を経営する医師のみなさまへのサポートを行っております。ぜひ西原会計事務所にご相談ください。